ロクの「コスモス寺・般若寺」散歩!!

今日は、奈良公園の北にある「般若寺」まで散歩に行ったよ。

昔、奈良と京都を結んでいた、大きな街道の京街道(奈良街道)に面していたんだって。
1年を通して花が絶えない寺で、特に秋のコスモスが有名な、お寺ってかめきちが言っていたよ。

でも、今(10月1日現在)コスモスは3分咲きでもう少し後がよかったみたい。

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ここからは、かめきちが話していた内容だけど、難しいのでそのまま言うね。

寺の歴史

飛鳥時代に高句麗の僧慧灌(えかん)によって開かれて、都が平城京にうつされた後、聖武天皇が平城京の鬼門を守る「大般若経」を基壇に納めた卒塔婆を建てたのが、般若寺の名前の由来と言われてるんだって。

般若のお面は怖いけど、知恵や智(さとり)を表す言葉だって。

平安時代には、学僧1000人を集めるほどの大寺院となったけど、治承4年(1180)に平重衡(たいらのしげひら)による南都焼討ちで伽藍は焼失してしまい、鎌倉時代にやっと再興できたみたい。

その時、西大寺の叡尊上人(えいそんしょうにん)やその弟子である忍性(にんしょう)などが中心で、がんばってくれたんだって。

でも、室町時代に再び戦国の戦いに巻き込まれ、兵火で鎌倉時代の建物は国宝楼門や重要文化財の経蔵以外の主要伽藍は焼失してしまったらしいよ。

般若寺のシンボル的存在である「十三重石宝塔」についても、大地震で被害を受けながらも復興を繰り返してきたんだって。

境内散歩

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拝観受付の前に「地蔵堂」があるので、お詣りしたよ。

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受付で拝観料を払って、境内に入ると「西国三十三カ所観音石仏」が迎えくれるよ。

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入って右に曲がると、元弘の乱(1331年)の時に般若寺の僧が、大石を投げつけたという力石を体験できる、「力だめしの石」があったけど全然持てなかった。
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本堂の前には、「般若寺型石灯籠」があったよ。鎌倉時代に作られたんだって。装飾に優れた彫刻が素晴らしいね。
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本堂は、室町時代の焼失したけど、江戸時代(1667年)に再建されたんだって。その時に燃えてしまった大きな文殊菩薩の代わりに、残った経蔵の秘仏を本堂に遷したのが今の本尊八字文殊菩薩騎獅像(はちじもんじゅぼさつきしぞう)だって。

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(般若寺パンフレットより)

本尊をお詣りして、正面に見えるのが大きな十三重石宝塔(じゅうさんじゅうせきほうとう)だよ。高さが14m以上あるんだって。
十三重石宝塔の回りに広い基壇があって、いろいろな仏教の行事を行ったらしいよ。
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本堂から見て左側奥(東側)に、火災からまぬがれた経蔵、重要文化財一切経蔵(いっさいきょうぞう)がある。この中に「元版一切経(5500巻)」の800巻余りが残ってるって、すごい量のお経だね。
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経蔵の近くに、大きな「笠塔婆」が2基立ってるよ。宋人の石工伊行末(いぎょうまつ)の一周忌のために、子の行吉(ぎょうきち)が建立したんだって。
今の十三重石宝塔は、伊行末や行吉が建長5年(1253)再建したものだよ。
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そして、本堂から見て右側(西側)に、国宝楼門がある。楼門も鎌倉時代の建物が残ったんだよ。
楼門まで行く通路の回りはコスモスでいっぱい。
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秘宝秘仏特別開帳

毎年、春と秋に十三重石宝塔の昭和39年(1964)の大修理の時に、五重目軸石より白鳳時代の阿弥陀如来や、鎌倉時代の金銅舎利塔・五重塔・水晶五輪塔などが発見されその秘仏開帳が宝蔵堂で行われるんだって。
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コスモスが満開になれば、こんなに綺麗に咲くんだって。

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拝観案内

住所

奈良市般若寺町221

奈良県奈良市般若寺町221

駐車場 有
※秋のシーズン中、駐車場は有料になります。
大型バスの駐車場はございません。

拝観料

大 人 500円
中高生 200円
小学生 100円

開門時間

9:00~17:00

お問い合わせ

電話 TEL 0742-22-6287
FAX FAX 0742-22-7257
般若寺HP>>こちら

ロクについての紹介記事は>>ROKU(ロク)奈良で生まれた鹿キャラクターが熱い!

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